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東京地方裁判所 平成8年(ワ)1248号 判決 1997年1月21日

原告

涌井詔子

新保志保子

設楽早苗

右三名訴訟代理人弁護士

鈴木雅芳

被告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

市川巖

主文

一  原告らと被告との間において、原告らそれぞれが別紙物件目録記載一ないし三の土地建物について、一九二分の四〇の共有持分権を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は、甲野花子(以下「花子」という)と被告との間の財産分与契約により、花子が別紙物件目録記載一ないし三の土地建物について六四分の四〇の共有持分権を取得したとして、花子の相続人である原告らが被告に対し、共有持分権を有することの確認を求めているものである。

二  争いがない事実

1  花子は、昭和三〇年代から被告と同居した上、昭和五六年九月二八日に被告と婚姻した。

2  花子と被告は、その後夫婦仲が悪くなり、平成五年一二月ころから別居するに至った。被告は、平成六年六月、花子を相手方として、離婚調停を申立てたが、財産分与に関して双方の意見が折り合わず、平成六年一二月一日、離婚調停が不調により終了した。

3  財産分与の対象となりうる被告と花子の夫婦財産の主な内容は、次のとおりであった。

財産の内容     以下の略称

別紙物件目録記載一ないし三の土地建物 ○○の不動産

別紙物件目録記載四、五の土地建物 ××の不動産

加茂ゴルフクラブのゴルフ会員権一口 ゴルフ会員権

預金六二〇万八八五四円 預金

4  花子の代理人である鈴木雅芳弁護士(以下、「鈴木弁護士」という)と被告の代理人である市川巖弁護士(以下「市川弁護士」という)との間で、平成七年三月六日、花子と被告が離婚することを前提として、次のような合意(以下「本件合意」という)が成立した。

(一) ○○の不動産については、花子が六四分の四〇、被告が六四分の二四の割合で取得し、右不動産を売却して、売却代金から公租公課及び仲介手数料等を控除した残額を、右割合で分配する。

(二) ××の不動産及びゴルフ会員権は、被告が取得する。

(三) 預金は花子が取得する。

5  花子は、平成七年三月七日死亡した。

6  原告らは、いずれも花子と前夫間の子であり、花子の相続人である。

三  原告らの主張

1  本件合意の成立によって、被告と花子との間で財産分与についての合意が成立したものであり、本件合意は、財産分与契約と解すべきである。

2  財産分与契約が成立したにもかかわらず、離婚が成立しなかった場合には、離婚を成立させなかったという事実から、当事者が財産分与契約を解消させる意思であったと認められ、財産分与契約が解約されたと認められることもある。本件で、被告と花子の離婚が成立しなかった原因は、本件合意の契約書調印の直前に花子が死亡したため、離婚の届出ができなかったためであるから、花子及び被告とも本件合意を解消させる意思はなかった。したがって、離婚は成立しなかったものの、財産分与契約が解約されたとは認められず、財産分与の効力に影響はない。

3  本件合意の成立により、花子は○○の不動産について、六四分の四〇の共有持分権を取得し、原告らは、それぞれ相続により一九二分の四〇の共有持分権を有することになる。

四  被告の主張

本件合意の成立によって被告と花子との間で財産分与についての合意が成立したものとみることはできない。すなわち、本件合意においては、家財道具や衣類等の処置についての協議はなされておらず、平成七年三月八日に予定されていた話し合いの際に、これらの問題についても協議した上で財産分与に関する覚書を作成することになっていたから、本件合意の成立によって、財産分与についての合意が成立したとはいえない。

仮に、本件合意の成立によって、財産分与についての合意が成立したとしても、その効力は離婚の成立によって初めて生じるものであり、被告と花子との間で離婚が成立していないのであるから、何らの効力も生じない。

五  本件の争点は、財産分与についての合意が成立したかどうか、被告と花子との間で離婚が成立しなくても右合意の効力が生じるかどうかである。

第三  争点に対する判断

一  本件合意が成立した経緯について判断するに、甲第一、第四ないし一〇号証、乙第三号証、証人鈴木雅芳及び証人市川巖の各証言によれば以下の事実が認められる。

1  被告から申し立てた離婚調停が不調になった後、花子は、鈴木弁護士に離婚紛争の解決を依頼した。被告は、離婚調停を申し立てた際に、市川弁護士を代理人に選任していた。平成六年一二月二一日、鈴木弁護士と市川弁護士は、東京弁護士会館において初の交渉を行い、双方の主張を確認して、双方とも自分の主張を裏付ける資料を集めて協議を続けることになった。双方の対立点は、次の三点にあった。

ア ××の不動産について、被告は、その購入代金の約半分は被告所有不動産を売却した代金を充てているから、その部分は固有財産であると主張し、花子は、全てが夫婦財産であると主張していた。

イ 預金について、花子は固有財産であると主張し、被告は夫婦財産であると主張していた。

ウ 生命保険や供託金(被告と花子が営んでいた旅行代理店に関するもの)について、被告は財産分与の対象外にすべきであると主張し、花子は財産分与の対象に含めるべきであると主張していた。

2  平成七年二月一六日、鈴木弁護士と市川弁護士は、東京弁護士会館において二度目の交渉を行ったが、意見が一致しなかった。ところが、鈴木弁護士は、同年二月二八日に原告新保から花子の容態が悪化している旨の連絡を受け、同年三月三日に原告新保から事情を聞いたところ、花子は早急に離婚協議を成立させたい意向である旨の返事であった。そこで、鈴木弁護士は、直ちに市川弁護士と電話で交渉し、右1のイ、ウの点については花子が譲歩するので、被告もアの点を譲歩してはどうかと提案したが、市川弁護士はアの点について譲歩することはできないと回答した。

そこで、鈴木弁護士は、原告新保と協議したところ、被告の意見どおりでもよいから早くまとめて欲しい旨の意向であったため、同年三月六日の正午ころ、市川弁護士に対し、被告の主張どおりで離婚協議を成立させたいので、覚書の調印日時の打ち合わせをしたい旨の文書と本件合意の内容を記載した覚書案をファックスで送信した。間もなく、市川弁護士から鈴木弁護士に対して電話があり、覚書案には生命保険や供託金のことが記載されていないが、どのようにするつもりかとの質問があったので、鈴木弁護士は財産分与の対象にはしないで、名義人が取得することでよい旨を返答した。同日夕方、市川弁護士から鈴木弁護士に対し、覚書案の字句訂正の申入れと被告本人の了解をとったので調印の日時を打ち合わせたい旨の電話があったので、鈴木弁護士は当日中に調印したい旨を申入れたが、市川弁護士の都合がつかなかったため、同年三月八日午後〇時一〇分に東京弁護士会館において調印することになった。離婚届用紙や覚書文書は花子側が用意することになった。

3  ところが、鈴木弁護士は、同年三月七日の夜、原告新保から花子が死亡した旨の連絡を受けたため、調印を行うことができなかった。

二  本件合意の成立によって、被告と花子との間で財産分与に関する合意が成立したといえるかどうかについて判断する。

1  乙第三号証及び証人市川巖の証言によれば、以下の事実が認められる。

市川弁護士は、平成七年三月六日、市川弁護士と鈴木弁護士との間で、覚書の調印日時の打ち合わせをした後、被告から、花子の家財道具や衣類の外に花子の姉のベット等の私物もあるのでどうしたらよいかとの相談を受けたので、同年三月七日に鈴木弁護士に電話したが、不在で連絡がとれなかった。そこで、市川弁護士は、被告本人を調印に同席させ、右問題についてはその場で協議することにした。

2  被告は、右事実をとらえて、本件合意の成立だけでは、財産分与に関する合意が成立したとはいえない旨主張する。

しかし、家財道具や衣類の問題は、本来瑣末な事項であるうえ、これまでの交渉の中で問題とされたことはない。また、前記認定のとおり、調印日が三月八日になった理由も市川弁護士の都合によるものであって、財産分与の細目についてさらに協議をする必要があるとして、市川弁護士が即時調印を拒否したためではない。

したがって、家財道具や衣類の問題が残っていたからといって、財産分与に関する合意が成立したと認定する支障になるものではない。

3  よって、平成七年三月六日、花子の代理人と被告の代理人との間で、本件合意が成立したことにより、被告と花子との間で、財産分与に関する合意が成立したと認められる。

三  次に、被告と花子との間で離婚が成立しなくても、財産分与に関する合意の効力が生じるかどうかについて判断する。

1 財産分与に関する合意すなわち財産分与契約は、離婚を前提とするものであるから、離婚合意及び財産分与契約が成立した後、離婚の合意が撤回され、離婚が成立しなかった場合には、財産分与契約についても黙示的に解約されたと認められる。しかし、前記認定のとおり、本件において被告と花子との離婚が成立しなかった理由は、離婚合意及び財産分与契約が成立した翌日に花子が死亡したためであり、被告又は花子のいずれかが離婚の意思を撤回したためではない。したがって、本件においては、財産分与契約が黙示的に解約されたとみることはできない。

2 また、財産分与契約は、離婚の成立を停止条件として効力が生じるものと解することもできない。

財産分与契約は、離婚の成立を前提としてなされるものではあるが、もともと離婚の合意とは別個独立のものである。離婚合意については、一方当事者が死亡した場合、その履行をすることは不可能であるが、財産分与契約については、一方当事者が死亡しても、その履行は相続人に対して又は相続人が行うことによって可能であるから、離婚が成立しなかった場合には、どのような場合であっても、財産分与契約も失効させなければならない必然性はない。

本件のように、財産分与及び離婚の合意が成立した直後、一方当事者が死亡して離婚が成立しなかった場合、財産分与契約の効力が生じないと解すると、一方当事者の死亡という事情によって、自ら合意した義務の履行を免れ又は権利の取得を失うことになり、結果的にも妥当でない。特に、本件においては、原告らは花子の相続人ではあるが、被告の相続人にはならないから、結果の妥当性の点は重要である。

3  したがって、被告と花子との間で離婚が成立しなくても、財産分与契約の効力は生じることになる。

四  以上によれば、原告らは、本件合意の成立及び花子の死亡により、○○の不動産について、それぞれ一九二分の四〇の共有持分権を有することになる。

よって、原告らの請求は理由がある。

(裁判官永野圧彦)

別紙物件目録

一 所在 足立区〇〇二丁目

地番 四六番二六

地目 宅地

地積 66.21m2

二 所在 足立区〇〇二丁目

地番 四六番二七

地目 宅地

地積 193.22m2

三 所在 足立区〇〇二丁目四六番二七

家屋番号 四六番二七の一

種類 居宅

構造 木造瓦・亜鉛メッキ鋼板葺陸屋根二階建

床面積 一階 72.71m2

二階 26.44m2

四 所在 草加市××町△△

地番 一一三番地五

地目 宅地

地積 120.36m2

五 所在 草加市××町△△一一三番地五

家屋番号 一一三番五

種類 共同住宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積 一階 68.29m2

二階 68.29m2

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